タウナステルメ

未知との遭遇

 個人的な話で恐縮なのですが、この温泉施設タウナステルメが私の人生を決定付けたといえる温泉施設なのです。

 25年前にBack to the futureです。

 当時私はドイツ製のセラミックプールの販売・施工を行っていました。このシステムはプールの常識を変えたシステム(今では常識)で、フィンランド式オーバーフローシステムというなぎさ式の高水面のプールと、プールを全面セラミックタイルで貼るというものでした。25年前のプールといえば、学校のプール、市民プール、共にアルミプール、FRP プール、コンクリートプールが主流で、セラミックプールというのは高級なものと考えられていました。しかしドイツでは、それをさかのぼる事更に13年前ミュンヘンオリンピックでそのシステムは採用されていたのです。

 オリンピック水泳といえば、今をときめく北島康介選手が平泳ぎで金メダルを取っていますが、その前の金メダリストはミュンヘンオリンピックで田口信教氏が、やはり当時の世界記録で優勝したのでした。そのプールではフィンランド式セラミックプールであるだけではなく、可動床プールでもありました。そうです、プールのコンクリートの底床が上下するのです。水深が0cmから500cmまで自由に変化させることができたのです。実に38年前になのです。このシステムが日本で初めて導入されたのは1999年です。わずか10年前です。いかにその当時ドイツがプールなどに対して進んだ技術と文化を持っていたのかをうかがい知ることができます。

 冒頭からすっかり話しが脱線してしまいました。25年前そうした目的でミュンヘンオリンピックプールを見学したり、当時最新と言われた自由時間水施設を見学したり研修旅行をしていました。フランクフルト周辺の巨大な自由時間水施設に立ち寄った時、利用者のドイツ人がここよりもっと面白い施設がある、と教えてくれました。出発前に下調べをしていた中には無い施設だったのです。地元の人がそういうわけですから、行かないわけにはいきません。それがタウナステルメでした。すぐにはしご風呂となりました。

 タウナステルメはフランクフルトの北約10kmに位置する、バードホンブルグという温泉の町にあります。バードホンブルグはドイツの典型的な美しい街です。ごみ一つ落ちていません。公園が整備され、ホテル、住宅共に高級で美しい。住民にもゆとりが感じられます。そんな街の中央からすぐのところにクアパーク公園があります。公園内には温泉の飲泉場、コンサートホール、カジノ、レストランなどがあり、着飾った男女でにぎわっています。そして奥へと歩いていくとタウナステルメにたどり着きます(写真1)。

 「な、なんと!」こんなものがあるの?

 タウナステルメの入口に立って、びっくりです。その外観たるやとてもドイツにいるとは思えません。アジア、おそらく日本をイメージしている建物なのです(写真2)。日本神社のような朱色に塗られた門、柱、太鼓橋など、どう見ても東洋です。これほど直球勝負で東洋にチャレンジしていることにびっくりです。

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タウナステルメ看板写真1 タウナステルメ看板
オリエンタルな雰囲気の外観写真2 オリエンタルな外観

お湯とひとつになれる

 早速中に入ります。とても不思議な雰囲気です。怪しげなのです。

 ドイツ式更衣室で水着に着替えプール側に出ます。プール(温泉水)エリアもなんとなく東洋風です(写真3)。プールに入っていきます。温度は人肌ぐらいで34~35℃です。ゆったりとゆらゆらとしていると屋外に出て行く水路がありそのまま屋外に出て行きました。屋外に出たとたんに強烈な水流に引き込まれて身体が流されていきます。

 屋外プールを半周したあたりで広い所に放り出されます。その先には寝湯があり、みんな寝ています(写真4)。とても楽しくてリラックスできます。何か今まで体験したことのない楽しさです。大の大人が楽しいのです。皆が思い思いでリラックスしています。ここはプールのようではありますが、スイミングプールではありません。25年前の僕にはなんとも理解しがたい不思議な感覚です。お湯と戯れている、お湯に浸かっている、お湯を浴びている、お湯と同化しようとしている、こんな表現が思い当たります。けっしてスポーティではなく、なんとなくほの暗い暖かい場所。見え隠れが多く、男女が同居していることにより、より施設が際立ちます。大人の男女のデートスポットとしても最高かもしれません。

プールエリア写真3 プールエリア
寝湯写真4 寝湯

 一度プールから上がり施設探検を始めます。プールサイドにはバイブラバス、水治療プール、ソルトウォータールーム、フィットネススタジオ、休息エリア、そして映画館まであります。またエントランス脇にはレストランがあり、プールサイドレストランとして水着でも利用できますし、エントランス側からですと着衣でも利用可能になっています。

 厨房は両方に面しており、実に合理的レイアウトです。料理はビュッフェスタイルで自分が好きなものをオーダーして自分でテーブルに持ち帰って食べます。また近年レストラン横にサウナ室が増設されたり、エステトリートメント棟が増設されたりと時代とのマッチングにも常に気遣いされています。

長年愛される不思議な「楽しさ」

 一通り1階プールエリアを回ったので、2階へと上がります(写真5)。

 ここはサウナ、日焼けエリアです。ここのサウナエリアは現在はさほど大きくはありませんが、25年当時はおそらくドイツ最大だったと思います。サウナは10室以上ありますから今でも中規模以上です。

2階のエリアへ
写真5 2階エリア

 しかしなんといってもここのサウナの魅力は、その密度と構成のうまさ、そして利用者の質の高さです。現在のドイツにありがちな、やや大味で間延びした感があってちょっと寂しい、といった雰囲気が全くありません。どのサウナに行ってもほどよく人がいて、実に気持ちよさそうに利用しています。また都市近郊ということもあり、カップル、グループでの利用者が多く、ほとんどの人が常連さんといった感じです。

 そうした中に暗黙のマナー、ルールが作られているようで、皆が自然に過ごしており誰一人として違和感がありません。皆自分の別荘のように過ごしています。こうした中で我々も利用するとおのずとその暗黙のルールにそって利用することになります。サウナはフィンランドタイプのサウナが中心で温度、大きさのバリエーションがあります(写真6)。

 サウナエリアの中央部には「カンパイ」という名前のバーカウンターがあり、ビールやコーヒーなど飲めます。冷水プールも半屋外に大型のものが2つあり、とても気持ちよく冷水浴がゆったりと行えます。

 サウナをひとしきり楽しんだ後は、日焼けマシンで日光浴をするのがここでの特徴です。一般的に日焼けマシンは有料の施設が多いですが、ここタウナステルメは全て無料です。太陽の恵みの少ないドイツでは、日焼けマシンは人気が高くいつも稼働率100%に近い状態です。また屋外の休息エリアもあり、外気浴を楽しむこともできます(写真7)。

サウナ内写真6 サウナ内
外気浴エリア
写真7 外気浴エリア

 とにかく、どこに行っても楽しいのです。

 こんな施設が約30年前に完成していたのには本当に驚きです。今日でもこのタウナステルメの人気を上回るテルメはドイツ国内に数箇所しかありません。30年近くドイツでトップレベルを続けているのです。いや、タウナステルメがドイツのテルメの原型を作り上げたと言って間違いないでしょう。

 というわけで、この施設を体験した私はこんな楽しい温泉施設を日本にも作りたいという夢を持ち、プールの業界から温浴の業界へ転身することを決意したのです。

※写真の一部は Taunus Therme ホームページhttp://www.taunus-therme.de/より抜粋したものです。

著者:粟井英一郎