今回はドイツをちょっと離れ、スイスの超有名温泉、「テルメヴァルス」をご紹介します。
「テルメヴァルス」は何が有名かというと、その建物です(写真1)。1996年に竣工したこの「テルメヴァルス」は、スイスの有名建築家、ピーター・ズントー氏のデザインによるもので、竣工と同時に世界中からこの建築を見学に来る人が今日までも後を断ちません。
しかし、なかなか遠いのです。チューリッヒから電車でクールへ、そこから電車を乗り継ぎイランツに行きます。イランツからはバスに乗り換えて約1時間、アルプスの山中へ行き、やっとテルメヴァルスに到着します。チューリッヒからは4 時間は十分にかかります。チューリッヒからの日帰りさえ無理です。付帯施設のホテルに宿泊するしかありません。日本からここへ行くのは、結構大変なことを覚悟して行かなければなりません。しかし、それに見合う十分な価値があります。
この温泉施設はいままでの温泉施設の概念を一新しました。
ズントー氏はこの温泉を教会と同じく何百年も維持されつづける建物であることをテーマとしています。また、スイスの自然風景やその自然力、また変化に富んだ地形や景観などと融合することを実現しています。また、メインで使用されている石は、地元でとれる石を積層して使っています。
また、ズントー氏は少々堅苦しい言い方ですが、「当初から山の石の持つ神秘的な性質、闇や光、水面にきらめく光、湯気に満ちた空気を通り抜ける光の拡散、石の囲みに砕ける水の異質な音、暖かな石と裸の皮膚、水浴の儀式的な手順といったものが我々を魅了した。」と言っています。また、「静謐な入浴という体験や自分を清めること、湯の中でくつろぐこと、体が様々な温度の湯と触れ合うことについてなどを考察し計画を行う。」としています。
ピーターズントー氏は温泉施設の設計が初めてであるにもかかわらず、建築的な視点のみならず、入浴の本質、入浴の多様性、効果までも十分に検証し、設計を行っています。実際に施設に入り入浴してみると、本当によくできています。建築誌に様々な写真、プランが載っていて、その美しさはすぐに理解できますが、施設内に足を踏み入れて行くにしたがい、その面白さ、計算しつくされた施設構成に脱帽です。
では、施設に入ってみましょう。ホテルに宿泊していたので、地下の長い通路を通り温泉施設入口に出てきます。左手下方にチラッと温泉施設が見えます。源泉が流れるモニュメンタルな壁面(写真2)を見ながら温泉に向かいます。スロープになった通路を下り温泉フロアに行きます。中央に温泉浴槽が見えます。その温泉浴槽の四方を囲むように大きな壁が立っています(写真3)。周囲にはやはり出入りのある壁があります。この空間の色はほぼ2色です。壁のブルーグレーの石の色と水の色です。ちょっと緊張感が走るような気分です。
早速中央の温泉浴槽に入ります。四方には広々とした階段があり、どこからでも自然に入っていけます。水深おそらく120cm程度です。水温は32度でちょっとぬるすぎといった感じです。入っていると何かこんなので楽しめるのかな?と思えてきました。
一度浴槽から出ました。四方を囲んでいる壁は、部屋空間となっています(写真4)。一つは30℃の温泉、一つは12℃の冷水、一つはシャワー、そしてもう一つは音の部屋です(音楽ではなく音なのです)。その一つ一つがとても印象的空間です。
またその外部壁の奥にも機能を持った空間が広がります。42℃の花びら温泉、高天井から源泉の落ちてくる飲泉エリア、水中トンネルを通ってたどり着く36℃の密室温泉、休息エリア、マッサージエリアがあります。そうです。中央のややぬるい温泉をターミナルとしてその外に様々な機能を持った温泉や設備が装備されているのです。ですから、それぞれの色々な小さな空間の温泉や設備を楽しんでは、中央のぬるい温泉で水中休息をするといった感じで使います。一般的な日本の温泉では、お風呂に入りその後着衣して休息ですが、ここでは各種温泉で楽しみ、中心の温泉水中で休息するといった使い方が行われているのです。もちろん美しいズントーデザインの休息用ベッドのある休息室もあります。
屋内にはもう一つのエリアがあります。スティームサウナエリアです。これもいままでのスティームサウナの概念を変えるものです。
スティームサウナの扉をあけると、結構大きいシャワーコーナーがあります。このシャワーコーナー自体もスティームサウナ内です。そして奥に入っていくと通路の左右に巨大な石台があり、そこに座っても横になってもスティームサウナを楽しめます。細長い形をしていて奥に行くほど温度が高くなっていきます。一番奥にスティーム源があるからです。一般的ドライサウナでは高い所に座ると温度が高く、低い所に座ると温度が低いのですが、このスティームサウナは奥に行けば行くほど温度が高くなります。実にアイデアです。自分で好きな温度域を選ぶことができるように設計されています。脱帽です。
次に屋外に出ます。屋外に出ると、広々とした温泉があります。温度もちょうど良く36℃です。水中で腰掛けられたり、打たせ湯があったり、水中階段に寝そべったりできます(写真5)。皆が思い思いで楽しんでいます。屋外エリアもBOX形状の休息エリアやシャワーなどがあります。そしてその間に、ちょうどピクチャーウィンドーになっていて、美しいアルプスの山々が切りとられた絵のように見えます(写真6)。
最初に入った時には30分もすれば十分かな、と思っていましたが、あちこち入っていると巡る楽しさ、温冷の楽しさなど面白く、知らぬ間に3時間が経ってしまいました。ここは本当に名建築というだけでなく、名温泉でもありました。
※写真は現地で購入したポストカードを転写しました。
著者:粟井英一郎