疲れた!
ここ数日間連続の移動が続き、少々バテ気味でした。
バスは、小高い丘陵地に向かって走っています。丘の上に登りきったところでバスを降りました。明るい茶色の屋根にベージュ色の壁のシンメトリー(左右対称)の建物が見えました。駐車場から建物までは、200mくらいゆるやかに上り勾配が続きます。アプローチの中央部は小砂が敷きつめられ、両そで側に石畳が敷かれ歩道になっています。疲れた身体にはこの少しの上り勾配さえ急なものに感じられます。丘の上なので、斜め下方にはパノラミックな家なみや美しい緑地が広がり思わず深呼吸したくなりました。
リラクセーション建物の中に入るとパステル調のピンクのサッシュが印象的に目に飛び込んできました。カフェレストランです。何人かの中年のカップルがお茶を飲んでいます。その先に天井まで濃いブルーのプール室が見えます。左方向へすすみ入場ゲートを通り抜け、地下の更衣ゾーンへ進みます。更衣ゾーンはパステルグリーンとパステルブルーが基調で目に鮮やかな黄色のラインの入った更衣ブースがずらりと並んでいます。またそのカラーコーディネイトも列ごとに違います。地味で暗い印象が多い日本の更衣室とはまったく別世界です。
ふと気がつくと、色のことばかり気になっています。そしてさっきまでの疲れもどっかへ行ってしまっています。
パステル調の美しい色彩は、疲れを和らげてくれるのかも知れません。一般的には個々の色合いには物理・生理的・心理的作用があり、色彩もイメージや美しさだけを担うのではなく、機能そのものであるともいわれています。
更衣室からプールゾーンに出ます。プールは3つあります。この施設の空間構成はちょっと変わっていて、同一の建物の中なのに3つのプールは各々が別空間として作られています。プールといってもテルメンという名前が示すとおり、36.4℃の立派な温泉です。
塩化物泉でこの温泉の成分を活用しての様々な温泉理学療法プログラムも準備されています。また、アクティブな運動療法プログラムもあり、各プールパビリオンでプログラムが展開されています。
入り口に一番近いプールは、ブルーパビリオン(写真1)と呼ばれ、水・壁・天井ともブルーを基調としています。プールの中には、大理石の柱が立っており、古代ローマ浴場のイメージを現代のデザインセンスで設計デザインしたといった印象です。外観はそうでもありませんが、受付・ロッカー・各出入り口・プール入水用手すりに至るまで、ポストモダン調にかなり凝ったものです。このブルーパビリオンではどちらかというとパッシブプログラムが行われており、水中のジェットやバブルにあたったりリラクセーションしたりすることや、ゆっくりとした水中リハビリテーションがメインで行われるエリアです。プログラムが行われていない時は、利用者は思い思いのスタイルで温泉の中でただよったり浮かんだりとリラックスしています。
そもそもこのリメステルメンンの建築デザインは、ドイツに数多く整備されているプールやテルメ施設を越えるものを目指すべく、設計コンペにより決定されました。建築のデザインテーマは古代ローマの浴場施設を考証し、その豊かな雰囲気を現代技法を駆使して再現するというものでした。施設イメージは「新ローマ」の要塞です。こうしたヨーロッパの浴施設のルーツは、古代ローマの浴場にあり、施設のモチーフとしてローマというテーマはよく用いられます。
また具体的な施設の展開として、高齢者や、ハンディキャップのある人や、管理面を考慮し、各施設を平面的に配することを原則とし、利用者が水平移動をしやすいよう動線計画がなされています。
一方ホワイトパビリオン(写真2)と呼ばれる温泉プールは、ブルーパビリオンより、かなり大きな印象があります。全体的に窓が多く、天井も白く開放的な雰囲気があり、水中での動きもブルーパビリオンよりもアクティブなものです。アクティブな運動をする人、本気で泳いでいる人、歩いている人、オールエイジ、オールユースといった感じです。
また、コーナー部に洞窟風呂エリアがあり、ちょっと温かい(といっても38℃)の小さな温泉プール(写真3)があります。以前にも書いたかもしれませんが、日本人とヨーロッパ人には温度感覚の差があります。おそらく日本人よりヨーロッパ人の方が体感温度は2℃程度低いと思われます。つまり、ドイツで38℃ということは、日本人でいうと40℃のお湯に入っている感覚で使われているということです。逆に言うと日本の銭湯の43℃とか44℃のお湯にはヨーロッパ人は熱くて入ることができない、ということなのです。
ホワイトパビリオンから屋外プールへの通路を通り屋外プールへの泳ぎ出し口から屋外プール(写真4)へと出て行きます。20M×10Mの屋外プールは見晴らしが良く遠くの山並みまで見渡せます。水温は35℃なので冬でも温かく過ごせます。いわば巨大な露天風呂といったところです。プールサイドには数本の独立柱が立っており、やはりローマ時代の浴場跡といったイメージが蘇ってきます。子供達は楽しそうに泳ぎまわっていますが、大人達はやはり漂っているといった感じが強く、温泉気分で打たせ湯に当たったり、水中ジェットでマッサージをしたりしながら会話しています。
施設全体の印象は、3つのプールは各々のプールの利用方法を考慮して計画されています。また、各々の空間イメージを一つずつ変えることによりそれぞれに新たな異次元空間の体験ができるようデザインが工夫されています。
プールエリアからサウナエリアへと1階下ります。1階下りると地下なのですが、丘の上なので展望が広がっていることに変わりはありません。大型ドライサウナはもちろん、テピダリウム、ケーロサウナ、スティームサウナと続きます。
そして大きな窓の開いた展望サウナからのビューは最高です。日本では温泉地に行って露天風呂に入るとビューが良いというのは必須といった感じがあります。もっともあこがれる露天の景色は富士山でしょう。富士山を眺めながらの入浴というシーンは山梨側では河口湖や石和などで多くありますし、静岡側では伊豆半島西側にも多くあります。日本人でよかった!というやつですね。
一方ドイツでは、こうした外に向けたビューを持つ施設は以外と少ないのです。多くがその内部だけで成立していて小さな別世界を作るといった施設づくりがほとんどです。その点からもこの「リメステルメン」はちょっと異質です。
施設運営前述の設計コンペにより計画された「リメステルメン」は1983年から2年を費やして建設され、1985年にオープンしました。総建設費は約22億円です。この「リメステルメン」は、市が建設を行ったわけですが、運営は株式会社とされており、株式の約半分を市が保有し、残りの株式を市民に募り出資をあおいでいます。一人当たり、約14万円の出資を行い、1500人が株主として経営に参加しているのです。しかし、株主のメリットとしては、一般の会社のように配当があるというものではなく、一年間に3日間分のフリーカードがもらえるといった程度です。あくまで我々の町の健康施設に経営参加しているといった「意識」が主目的といったものです。
利用圏は半径60㎞以内に住む約50万人を対象としており、原則として364日(クリスマスは休み)稼動を行うという体制です。現在平均900人/日の利用者が訪れています。利用者の利用目的は、スイミングを楽しむというよりは、温泉水を利用した健康づくりというのが中心です。リメステルメンンはアーレン市の人々の「我が町の自信作」、「私達の健康・いこいのサロン」といった印象の施設です。
著者:粟井英一郎