日本の温浴の現代史

はじめに・・

 日本人は温泉大好きの民族のようです。

 以前の紹介にもありますよう、日本における温泉の利用は古くから伝えられています。

 「出雲国風土記」に出雲の玉造温泉が湯治客で市をなすほど賑わったとの記録があり、さらに、西暦500年代頃には、時の天皇の温泉行幸のことが「古事記」や「日本書紀」に記録されています。その他野生の動物に狩人などが温泉のありかを教えられたと言い伝えのある温泉場が日本各地にあります。鹿の湯、白鷺の湯などの温泉名がその名残です。江戸時代明治時代には、米や味噌を持参して自炊の湯治と、富裕な方の娯楽と保養を兼ねての宿泊が主な利用であったようです。

 西欧では紀元前2000年にインドのインダス河畔のモヘンジョダロに大浴場があったことが遺跡調査により判明しています。また前回少しお話した古代ローマには、カラカラ・ローマ皇帝(在位211~17)が建設した温泉施設カラカラ浴場があります。カラカラ帝は温泉が大好きで、当時としては、この大規模な温浴施設を建設しましたが、暴君であったため、東方遠征の途上臣下に暗殺され大好きな温泉に浸ることはできませんでした。

 ドイツは温泉を治療に利用する温泉医学は世界一で、ローマの温泉施設を原点として、得意の温泉医学を取り入れ、「クアハウス」(温泉を利用した健康増進・リハビリ治療・休養保養する社交の館)を確立しました。

昭和の激動と温泉開発

 日本で温泉が一般大衆に積極的に利用されだしたのは、戦後昭和23年頃からで、日本の経済成長に乗って温泉旅館やホテルが大きくなり、数も増えました。さらに新しい温泉郷も数多くできたことは、皆さんのご承知の通りです。

 昭和30年代に入りますと、温泉付分譲別荘地のブームが訪れます。東急グループ総帥の五島氏は伊豆高原に、実業家“政商”小針氏は栃木の那須高原に、安価で土地を買い、それぞれ温泉付分譲別荘地を開発します。当時は温泉が出ますと、周辺の地価まで5倍10倍になったもので、両名はこの温泉付の別荘地を売り、莫大な富を築きました。

 しかしながら、昭和49年、突然オイルショックが起こると、温泉付別荘地ブームも急速に消滅します。

 売れ残った分譲地は今でも各地に無残な姿を晒しております。

兵どもが夢の跡...といった感じでしょうか。その後の温泉利用は、より健康と温泉そのものに重点をおいた形態へと移行してゆきます。

 昭和57 年5 月に開業した『クアハウス碁点』はその代表格で、地方自治体が建設したクアハウス第一号であり、ドイツのクアハウスをモデルに、私が日本人向けに改良・創作したものであります。

 このクアハウス碁点を起爆剤に、健康と温泉をテーマとした日帰り温泉施設が全国に広がり、いまや8,000 施設にまでなろうとしています。一年間に利用する人数は膨大な数になろうと思われます。

温泉の誕生メカニズム

 このように温泉が親しまれている今日、“温泉がどうしてできるのか”誕生のメカニズムを知っておくのも、有意義な事と思われます。

 温泉は石油やガスなどの化石水型(地殻に溜まっていて有限)の資源ではなく、地熱と水が混合されて生じる循環水型です。(図-1参照)地熱は地球深部に存在する岩奨(マグマ)によるものとされています。現在の地球の構造イメージは図-2の通りです。

 地球は生成より45億年以上の長い年月、休むことなく動き、かつ変化してきました。この動きの中でマントル部に歪みが生ずると、固体のマントルは液状のマグマとなりゆっくりと地殻に上昇し岩奨溜(マグマリザーバー)を形成します。推定温度1200℃から2400℃のこの岩奨溜が周りの岩石を温め、温泉の熱源になっています。

 日本列島は火山が多く地震も多いことから、当然温泉の熱資源も豊富で世界一と言われています。古来稲作の米を主食とする民族ですから、水は豊富な列島なので温泉の量も世界一かも知れませんね。

地中のイメージ

 では改めて前の図-1をご覧ください、温泉の生成過程を見てみましょう。

 地上の水は蒸発して雲になり雨や雪になって地上に降り、やがて地下水となります。この地下水は高所から低所に、一日約30cmから100cmの速さで流れます。地層の割れ目に沿って流れる地下水が、岩奨で温められた岩の割れ目等の処を通ると、地下水は温められ、さらに、熱い岩の無機成分を溶かし、温泉となって地上に湧出します。地上に出た温泉は蒸発し雲となり、降る雨や雪は再び地下水となり、最後にはまた温泉となって地上に湧出します。

 このように、温泉は地球の循環水で、地球が水の惑星である限り枯れることはないとされております。水と熱岩と亀裂の3つの条件が揃って、初めて温泉が誕生するのです。地下水が地層の中を流れる様子はかなり複雑のようですが、地上に出てくるまで大体30年から50年の歳月をかけて、熱岩内で熟成されて、温泉となります。

 ですから皆さんは30年50年前の雨水にめぐりあい、温泉を楽しんでいることになります。このように長い時間を架けて熟成された水が温泉ですから、人の健康に貢献する幸福の水と言えましょう。

成分と名称

 温泉の泉質は地下水の通過した熱岩の成分により作られます。こうした熱岩を特に温泉母岩と呼んでいます。現在では温泉の泉質を便宜上9つの種類に分類しています。現在使用されている泉質名は今まで呼ばれていたのと異なりますので、聞きなれた名称を括弧内にいれてみました。

 ある温泉の成分は必ずしも一種類ではなく、他の幾つかの泉質が副成分として表示される場合があります。特に新鮮な温泉には、地球深部の化石水が1%から3%ほど含まれています。地上に初めて出てくる水なので処女水(バージンウォーター)と呼んでおります。処女水は純粋なH2Oではなく、少し複雑な分子式のようで、ベールに包まれた神秘の姿のままでおります。

 今回は温泉の誕生のメカニズムを中心に述べてまいりましたが、地下のことはまだ、未知のことが多く、もうすこし複雑であることを申し添えておきます。

著者:荒井孝

著者紹介:

荒井孝(あらいたかし)。東京理科大学卒業、理学博士。日商岩井温泉施設合理化センター主任技師、千代田グラビア印刷社草加工場長などを経て、東京技営株式会社を設立、代表取締役に就任、現在は取締役会長を務める。日本温泉工学の基礎を確立し、全国各地の温泉開発に携わる。また、文中の通り、ドイツ式クアハウスの日本導入に先駆的な役割を果たす。近年は21世紀にふさわしい温泉利用の企画開発に取り組んでいる。温泉のハード・ソフト両面に精通した日本有数の温泉コンサルタント。(財)日本健康開発財団技術顧問、日本温泉管理士会理事、米国公益法人特許科学協会理事、等も務める。著書には『わたしの温泉物語』(ビジネス社)、共著に『アクアベイジング施設開発計画ガイド』(総合ユニコム)、『温泉と健康』(厚生科学研究所)、等がある。